15.3.24. 渋谷で迷子。

またまた、渋谷で迷子になりました。

しかも、駅の中で…。

電車から降りてから、改札でるまでに、アッチ行ったりコッチ行ったり…。

出口かと思ったら、別の路線だったり…。

地上に出るまでになんと10分以上かかりました。

会合に遅れました。

もう二度と!行かないぜ。。。渋谷!!

15.3.24. 想像力欠如。

電車の中に、「みちのく うまいもん」の広告が下がっていた。
牛たんまるまる、である。
牛たんはとってもおいしいが、
まるまる、となると、ちょっと…。

つまり、牛の舌である。
つい想像してしまう。
牛の舌に、ガブリ!!

こういう場合は、あまり想像力が逞しくない方がよろしい。
目の前に牛の顔、を思い浮かべてはいけません。

豚のしょうが焼き。
ぶ~ちゃんにガブリ!!

焼き鳥。
コケコッコーにガブリ!!

物事は何でも、想像力を働かせて考えなさい。
…と、良く言われるが、何も考えない方がいい場合もありますね。

さ、今日は、頭カラッポでいきましょう。

15.3.23. かたくりの里、出遅れ…。

春を感じに出かけよう。

以前行った時、カタクリの花はもちろん、
サクラや梅や雪割草や福寿草やコブシやミツマタや
ボケやヒュウガミズキやムラサキハナナやスミレやオオイヌノフグリや
ペンペン草や…いろんな草花が木や地面に、一斉に咲いていた。
(城山かたくりの里は個人所有の山だが、この季節限定で開園されます。)

前に行ったのは、何年か前の春分の日だったなぁ…。

昨日はいい天気だったので、カタクリを見に行こうと思い立った。
橋本から、たしか30分おきに特別バスが出る。
夕方には閉まるから、3時に向こうに着けばちょうどいいかな、と思って、橋本へ。
2時30分発のバスに乗って…と、と、と、と、あれ? バスがない!
…しまった!である。

かたくりの里行きバスの最終は、2時であった………。
あ〜あ…。また来週、出直すか。
来週までカタクリの花、もつかな?

そう言えば、昔、まだ子どもが可愛かった頃、
高尾山に行こうと思い、昼過ぎに出かけたら、
3時ころ山頂に着いて帰りは夕方…、あせったことがあったなぁ。
山はあっという間に日が落ちる。
ケーブルカーではなく、脇の沢道を降りていたもんで、
気がついたら、足元まで真っ暗になって、冷や汗モンだった。
(高尾山でも懐中電灯は必携だね。)

日曜日、朝起きて1週間分の掃除して
洗濯してゴハン食べて(これは1食分ね)、
それから出かけると普通、昼過ぎの出発になるんだよね。
…出だし、遅いよね。
どこかへ出かけるのは、できれば朝からの方がいい…ホントはね。

15.3.20. 光陰矢のごとし。

2、3日前が土曜日だったのに、今日はもう金曜日である。
…って、そんなワケはないが、まさにTime passes like an arrow.
(Time flies like an arrow.だったかな?)

年を取ると、月日が経つのが早いというけれど、
あっという間だね。
今年は2月があったっけ?
3月ももう終わりだよ。
ちょっと新宿御苑に行かない間に
世界はすっかり春になってたね。

仕事が忙しすぎて、時間を楽しむ余裕がなくなっておりました。
この時間のツケはためておいて、後ほどゆっくり楽しみましょう。

忙しいのが良くないワケ。
1. 太る。
2. ハゲる。
3. 貧乏になる。

…つまりですね。
忙しすぎると、朝食後に朝食を食べる。
大盛りの昼食を食べたくなる。
…しかも、食前のウォーキングを省く。
おやつに甘いものを食べる。
帰宅途中にゴハンを食べて、帰宅後もツマミを食べる。
(ツマミだけ食べる人は、あんまりいませんねぇ。当然そこにはビールがあります。)

…等々の理由により、上記1〜3の現象が現れます。
(2.は単に年のせいかもしれませんが。)
栄養の偏り、運動不足、外食増加からくる資金不足…
要注意ですね。

15.3.19. ラジオ放送90周年。

今朝、NHKの「あさイチ」で、ラジオの特集をやってました。
ラジオ放送90周年だそうです。

オールナイトニッポンのテーマ曲、
「Bitter Sweet Samba」(ハーブ・アルパートとザ・ティファナ・ブラス)が
流れてました。懐かしい〜♪
その当時(今から47、8年前)は大阪の近辺に住んでいたので、
電波受信状態が良くなかったんですけど、
アンテナ伸ばしたり、ラジオをあっち向けたりこっち向けたりして、
ザーザー雑音の間をかき分けて、ラジオにかじりついて聴いてました。
ビートルズとかストーンズとか…。胸キュンですねぇ。
あの当時はビートルズがベストテンに何曲も入る時代だったから、
ホント楽しかった。

深夜放送、毎晩聴きました。
亀淵昭信さん(カメちゃん)とか、名前は忘れたけどアンコーさんとか、
オールナイトニッポンは面白かったですねえ。
文化放送の土居まさるさんのしゃべりも面白かった…。

なんでまた大阪に住んどったんに、大阪の番組は聞かんと、東京の番組を…?
それはな、たまたま深夜に聞こえてきた東京の番組がごっつオモロかったからやん。
(それにな、はるか遠くから聞こえてくる、っちゅうんが良かったんちゃう?…)
……スミマセン。大阪弁めっちゃ難しいです……。

もといっ!

数十年後に亀淵さんがニッポン放送の社長になられた
とのニュースは月日の流れを感じましたね。
さらにそれから十数年、時は流れております。

今は、「インターネットでラジオを聴く」というのがいいらしい。
世界各国のラジオ放送が聞けるらしい。
早速、仕事をしながら聞いてみよう。

15.3.18. レモンが目にしみる。

Smoke Gets In Your Eyes. (煙が目にしみる)

有名なJazzのスタンダード。
プラターズとか、フランク・シナトラさんたちが歌ってましたね。
ワタクシがJazzを聞きはじめた40年前には、
すでにスタンダードとしてド〜ンと存在していたので、かなり古い曲だと思います。

恋に落ちている時は、恋の炎(煙)でまわりが見えない。(恋は盲目)
恋人が去った今…悲しくて泣いてるんじゃないよ。
炎が消えたその煙が目にしみてんだよ。
…という負け惜しみの、じゃなくて、失恋の歌らしいです。

でもホントは、“Your Eyes”でありますから、オレの失恋は、
まわりであーだ、こーだ、と言ってたアンタたちの目に
しみるダロ、ということですね。(この解釈、あまり信用しないで下さいヨ。)

翻って、ワタクシの場合。

一昨日のランチタイム。

おいしい居酒屋さんで、ランチメニューの鳥の唐揚げを頼みました。
一緒に入った社長は、イカのゴロ焼き。あ、おいしそうだね。
それじゃ、イタダキマス。

添えてあったレモンを唐揚げに、ピュッ…。

その途端、レモン汁が、左目を直撃。
ワッ!!!!!目に入った。
イテテテ!
しみるぅ!痛いっ!
あわててトイレに駆け込み、目を何度も洗い、やっと一息。
あ〜びっくりした。

いや~、レモンがこんなに強烈に染みるもんだとは知らなかった。
ほんと、レモンには「危険!」「取扱注意!」のシールが必要だね。

Lemon Gets In My Eye.

ああ、どこまでも、恋とは無縁のワタクシでゴザイマシタ。

15.3.17. 逆転一発。

サンザンな土曜日の翌日、つまり日曜日。
外出して、家に帰ったら、ドアの横にトイレットペーパーが何と、8個も置いてあった。

普通は新聞回収袋で2袋分出しておくと、トイレットペーパーが2個もらえる。
先月は雨だったので、一昨日は2ヶ月分、つまり4袋出しておいた。
普通ならトイレットペーパーは4個のはず。

それが、何と、8個だよ!
やった〜!
一瞬間違ったのかな?と思ったが、
どこのどなた様が回収してるのか知る由もなし…。

きっとトイレットペーパー2倍キャンペーン!!やってたんだ、
…と思ってありがたく頂戴しました。

不運の後は運気が上がるようになってるんだね。
ラッキー!

15.3.16. 不運10連発。

土曜日はツイてなかった。

不運その1. 家を出たところで近所の人と出会い、立ち話をしたら出遅れた。
途中思いっきり息を切らして駅に走りこんだら、
特急は土曜日はいつもより3分遅い9時3分発であった。(走る必要なかった)

不運その2. 車内でiPodで音楽を聞こうと思ったら、付け根の皮膜が割れて断線寸前だった。
(このイヤホン、本体と同じくらい高い、15,000円位したやつなんだよね。
ビニールテープで巻かなくちゃ!)

不運その3. 新宿の薬局で、この目薬6個下さい、と言ったら、モロにイヤな顔された。
(つまり、そこに並んでいたのを買い占めた、ってわけですな)

不運その4. 気を取り直そうと、隣の(初めて入る)◯トールコーヒーで、
モーニングセットを頼んだら、パンがパサパサだった。
(この店、◯トールにしては珍しく客が少なく、店員約3名がヒマそうにしていた)

不運その5. 会社へ向かう道の途中で、ミョウな感触のものをフンづけた。

不運その6. 印刷物の仕上がりの色が良くなかった。

不運その7. そう言えばこの冬、セブンのおでんを食べてなかったな…と思い、
夕方買いに行ったら、レジ横に鍋がひっくり返してあった。「あの、おでんは?」と
聞いたら「さっき片付けました」と、ニッコリ言われた。
残念…。仕方ないので、ピザまんとあんまんを買ったら、ピザまんが甘すぎた。

不運その8. バッグの中のスクラッチくじの当たりの期限が過ぎていた。
(たったの200円ですが…)

不運その9. 降りた駅で証明用写真を撮ったら、ウワッ!と驚くくらいのバーサン顔に写っていた。
(ほっぺたが地球の引力に逆らえなくなった状態、であります)

トドメの10. ◯トーヨーカドーで、いつも使ってるのと同じ、
三角コーナー用穴あきゴミ袋50枚入り101円というのがあったので、
「あ、いつもの100均より安い!今日は最後にツイてたね。3つ買っとこう!」と
喜んで家に帰ったら、いつもの100均は90枚入りであった。。。

 
どれも細かい事ではゴザイマスが、積もり積もると、
不運のカタマリと化すのでゴザイマス。ドヨ〜ン。。。

15.3.14. 人の話は聞かない。

ワタクシ、特技と言っても特にございませんが、
子供の頃の特技は、「耳スイッチ」でありました。
つまらない話になると、耳のスイッチをoffにできる。
(早い話が、まあ、人の話を聞かない、ということ。)

その代表的な例が、校長先生のお話。
たいていおもしろくない。
それがわかった頃から、
月曜日の朝礼などで、校長先生が登壇された途端に、
空を眺めたり、地面の小石を探したり、風の音を聞いたりしていた。
これぞ、文字通り “上の空”(ウワノソラ)でございました。

お話どころか、先生の顔も名前も何一つ覚えていない、
校長先生とそこらのおっちゃんの区別ができない、
ま、大変、失礼なコでありました。

校長先生にしてみれば、きっと前の晩から、
子供たちにわかるように、
お話の原稿を一生懸命考えていたに違いないんだよね。

大変失礼なコであるワタクシは、そんなことより、
どうすれば真っ昼間の空で星たちを見ることができるか、とか、
宇宙の果てはどうなってるのか、とか、
この宇宙は、きっと誰かの手のひらの上にある
(お釈迦様のコトはそんな子供の頃は存じ上げておりませんでしたが)、
風が通りすぎて行った後の、ここんとこ(=空間)はどうなってるのか、
(つまりですね、風がずっと流れてる間は問題ないけど、
風が止んだ途端のそのおしりの部分には何があるの?という疑問ですな)とか、
…そんな、日常生活を営む上ではどうでもいいことばかり考えておりました。
夢のような日々でしたね。

…………

今は「i Pod」という大変便利なものがあり、
4cm×4cmの中にCD150枚分の音楽が入っております。
これで大抵の、電車内の騒音(ウルサイ声)はシャットアウトできる。
ダメな場合は、隣の車両に移る。

席を詰めてお座り下さい、だの、ホームを歩く時は…だの、ゴミはどうしろ、だの…
云々かんぬんの注意を延々とアナウンスする困った車掌の時は、
イヤホーンの上から両手で耳を押さえて
「うるさい!アピール」をする。

子供の頃から現在に至るまで、
ストレスフリーな生活(人様の話を、聞いてるフリして聞いてない)
を心がけております。
何度も同じ話をして下さる方、ゴメンナサイ。

15.3.13. 舳倉島。

明日3/14、北陸新幹線開業!

北陸に最初に行ったのは、今から40年くらい前。
秋の連休に、ふらっと行ってみた。
その季節にはめずらしく、北陸地方に大型の台風が来ていた。
どういうルートで行って、どこに泊まったかは忘れたが、
能登半島の付け根、氷見から七尾…と、海岸線に沿って電車と路線バスを乗り継いだ。
能登島が見える内海は静かだったのに、翌日、日本海に出たら大荒れだった。

路線バスで金剛崎の灯台に着いた時は、風でふっ飛ばされそうになった。
その後、輪島を目指したが、そのバスに乗っていたのは、ワタクシを含め2人。
海岸線を走るバスが白い波の華をかぶるくらいの風である。

「風が強いのでこの先には行きません。後で迎えのバスが来ます。」
と、途中のバス停で降ろされた。
ええ〜っ? こんなところで降ろされても………。
海沿いを走るのは危険なので、そこで運行中止。
そのバス停に、どうやら山の中を行くバスがくるらしい。

はるか水平線のかなたから白波が足元まで打ち寄せてくる。
バス停には2〜3人の人がいたので、柱みたいなものにしがみついて、
その人達と、ふっ飛ばされないよう遊びながら、バスが来るのを待った。

(今考えると危険きわまりないことである。)

その場所の近くには、海沿いの道路に漁師さん(?)の家が並び、
風よけのために、竹で編んだ高い垣根が続いていた。
なかなかのいい風情である。(晴れてれば、ね)

山の中を走って、バスは輪島に着いた。
そこから「舳倉島」へ行こうと思ったが、能登でも数年に一度という悪天候。
当然、舳倉島へわたる船は欠航だった。
ザァ〜ンネン…。

それ以来、「舳倉島」という島の名がワタクシの頭の片隅にへばりついている。

今になって思うと、その頃の日本海側は、危険であった。
「行方不明者はK国による拉致だ」というビラが、当時もまかれていたが、
「まさか!」と気にも止めなかった。
それを取り上げた週刊誌も出ていたようだが、
まだその頃は、ワタクシは今のように“オッサン化”していなかったので、
本屋さんで(当時女性の裸も載っていた)週刊誌は買えなかった。

うら若き乙女の一人旅、当然、男から“お茶しよう”の声もかかったが、
そんなものはケ飛ばして、ズンズン旅を続けておりました。
今思えば、あいつら、もしかして、K国の特殊工作員であったかも。

そういう危険が無くなってしまった60過ぎの今、
明日から「舳倉島」は近くなるんだね。
さてっ、と。いつ行くか。