16.1.18. 雪で遅れすぎた京王線。

東京に大雪が降った。
…いや…都心は小雪、かな?
23区で5cm。多摩地方では15cmでした。

朝から、京王線の若葉台~調布間が動いていない。
つまり都心へは行けない。
普段なら小田急線の振替輸送が利用できるが、
この雪で小田急線も遅れているらしい。どうしようかな…。

テレビをつけっぱなしにしていたが、
京王線が動き出したという情報は出ない。
それどころか、千歳烏山で駅の外で待つ人の列が200mとか言っている。
ますます状況悪化、京王線大混乱の様相である。

(が、京王線の素晴らしいところは、乗客がおとなしいこと。
つまり、京王線が素晴らしいんじゃないね。京王線利用者が素晴らしいんだね。
どんな状況下でも、怒らず騒がず、じ~~~っと待つ。テレビを見ててわかったでしょう?
よそやったら、あの寒い中、氷の道で3時間も並ばされたら、怒るで!!…あ、失礼。)

仕方ないので、小田急線をあてにして、家を出た。

この積雪では、駅まで歩くのはほぼ不可能なので、バスに乗る。
昼前後は、家の近くを走るバスは1時間に1本。
これを逃したら大変である。
家からバス停まで、普段は徒歩30秒くらいだが、
この日は、ジャボッ、ズブッ、ツルッ、よいしょ、と、と、と、お~っとっと、
…緩斜面を一歩一歩ゆっくり歩を進めるので、ほんのそこまで5分かかる。
で、駅へ向かうのは行ってしまったが、運良く反対方向のバスに乗れた。
多少高くつくが、これでも行ける。
家の前のバス停でバスに乗れただけで、
もう無事着いたような気分になったのであります。メデタシ、メデタシ。

あ、違った、言いたいことは、そこではなかった!

前々から「なんでこんなことしてくれたの?」
と思っていたのが、昨秋から“準特急”を千歳烏山に停めてる事である。

千歳烏山の駅は、言っちゃあナンですが、チッコイ。
都電の駅かと思う位くらい(都電さん、ゴメンなさい)、小さい。
全体に小さいのであるが、ホームの端の方は、もう幅が2m位しかない。
フェンス際にいても、「はい、イチ、ニ(歩)!」 でもう線路にドスンと落ちる。
ワタシが山の方で毎日利用している駅の十分の一かと思う位、ホームが狭いのだ。

こんな狭い駅なのに、駅の拡張もせず、ホームドアも付けずに、
準特急を停めるなんて、一体客の安全をどう考えているのだろう。
千歳烏山はもともと乗降客が多い駅なのに、
さらに、準特急から各駅へ、またその逆の乗り換え客などが加わって、
駅から降りない客がホーム上に増えたのではないか?

ホントのトコロは、地元の大きな商店街に客を呼びたかったんでしょうが…。

今回の雪でわかったように、こんなことして下さったお陰で、
逆に地元の通勤客がホームに入れない事態になったのではないか?

それから、もひとつ。
今回の混乱を、若葉台での架線着雪のせいにしているようだが、
雪が降るのは、前日からわかってたでしょうがぁ~っ!
見回りとかしてなかったんかねぇ!
間引き運転については国交省の指導があるかららしいけど、間引き過ぎじゃ!!

京王線も昔は雪が降りしきる中、ポイントのそばでじっと線路を見守ったり、
線路のそばを歩いてる保線管理のおじさんたちが必ずいたものだが
最近は見かけないね。
どんな大雪でも、昔は絶対動いていた京王線…。
今は、経費切り詰めてるんかねぇ…。

16.1.15. “前” “後”。

御苑の年間パスポート券(入苑券)の期限が切れたので更新した。
その場で写真を撮ってくれる。

その写真、新旧を見比べて、思わず「わっ!」とオドロイタ…。
オバサンから、急にバアサンに変わっておる。

何だこれは…と思い、少し先の池のほとりのベンチに座り、
もいちど、こそ〜っと並べて確認した。

本人です。

まちがいなく “あんこきなこ” です。

まあそれにしても、ここまで素直に
地球の重力に逆らわず生きてしまったんだねえ。

1年前と後ではこんなに違う。。。ぐすん。。。
名前変えようかな。。。
《 Ann Coccina Co. 》 〜なんちゃってね。

「アンと呼ぶのなら、eの付いた方のAnneで呼んでください。」(〜赤毛のアン)
じゃなくて、
eの付かない方のAnnです。

16.1.13. イスタンブール。

トルコのイスタンブールで、昨日自爆テロがあった。

4年前…。
初めての海外旅行時、イスタンブールに立ち寄った。
ブルーモスクやアヤソフィア博物館は、外観も内部も大変素晴らしかった。

ブルーモスクはオスマン帝国時代の1616年に創建されたもの。
外観も美しいが、内部も素晴らしい。
イスラム独特の装飾タイルで飾られたドームの天井は、
一日中眺めていても飽きないくらい、それはそれは美しかった。

(ずっと見ていたかったが、ツアーなのでいいかげんに離れなさいっ!、と、
何度も急かされた…。後ろ髪を引かれた…。)

アヤソフィアは東ローマ帝国の時代、360年頃に創建された。
その後何度か火災や地震で壊れたものの再建されてきた。
最初はキリスト教の聖堂であったが、
オスマン帝国の時代にはモスクとして使われた。
その移行時に、それまでのキリスト教のモザイク画の上から漆喰が塗られた。

(その、アバウトな処理が、今になってみると歴史が見えて、良い結果をもたらした。)

20世紀に入って(1935年)、建国の父アタチュルクにより、
アヤソフィアは無宗教の施設=博物館とされて今に至る。
その際に漆喰が剥がされ、壁の一部にかつてキリスト教の聖堂であった名残りが現れた。
つまり、イスラム教とキリスト教、両方の遺産という訳である。

だから、このイスタンブールの歴史地区は、ここだけでも多くの歴史を学べるのだ。

(昔、教科書で読んだ 「東ローマ帝国」、「オスマン帝国」 の歴史が目の前にある。
世界史好きな人や、建物好きなワタクシには、ワクワクするような地である。)

イスタンブールは、コンスタンティノープルと言われた昔から、
東西文明の行き交う場所として栄えた街だから、
宗教も多様(イスラム教徒が多いようだ)、民族・文化も多様な国。
多くの人と物であふれる賑やかなバザールでは、店のお兄さん達が日本語で話しかけてくる。

(…お土産代持ってくればよかったかな…とにかく急いで船に乗ったので…ほぼ No Money…)

とにかく人々は明るく楽しく愉快で、
子供たちの瞳はキラキラと輝いていた。
魅力的な街だった。

その地で昨日、
ブルーモスクとアヤソフィアの間の広場で爆発が起きた。
衝撃だった。

16.1.12. “暖冬”の明治神宮。

昨日、明治神宮に初詣に行きました。
引き出しにたまっていた十数年分のお守りを一斉変換、
ではなく、一斉返還しました。

神様のお告げとか、運がいいとか、方角がいいとか、
パワーがどうのこうの、とかは、普段からあまり信じていません。
それよりどちらかと言うと、
「普通に歩いていて、上から隕石が落ちてきて頭に当たる確率」
の方を信用します。
(その確率が分かったところでどうなるものでもありませんが。)

そんな私でも、
友人が作ってくれた、
または買ってきてくれたお守りは、
大切にしまっておきます。
お陰さまで今まで運がいい。

こんな不信心者の私ですが、明治神宮初詣は必ず行きます。
で、賽銭を投げ、むにゃむにゃお祈りをして、毎年同じお守りを買います。
ま、これは、普段からお散歩路として使わせてもらっている
御礼の意味でもありますね。

好奇心から、お守りの中身は毎年変わるのかな?と思って
“効果期限”が切れたヤツをあけてみました。(1年かと思って)。
結果は…フフッ ♪。(予想通り)

《こらぁ〜! おみくじじゃないんだぞ! 開けるな〜! ←神サマの声》

…つまり、毎年お守りを買う必要はない、という事ですね。

明治神宮には新年早々の大変な人混みを避けて、
だいたい成人式の頃に行きます。
この頃に、毎年「氷の彫刻展」をやっていて、
これが、素晴らしい………はずですが、
今年は、無残にも、「氷のカタマリ展」に…。
何を作ったのかが想像できないくらい解けて、丸く小さくなってました。

作った方々にとっては非常に残念だったことでしょう。
「暖冬のため本日展示中止」 として幕を張った方が、
心血を注いで制作した方々にとっては、良かったのでは?
さすがの写真好きの私も、
あまりの無残な姿に、カメラを向けることができませんでした。
唯一撮ったのが、この写真。
この作品だけはかろうじてカタチが残ってました。

一夜明けた今日は、冬らしい気温。東京にも雪が降ったようです。
「氷の彫刻展」があと2日遅かったら良かったのにね。

16.1.8. 電力自由化。

昨日のニュースで、電力自由化のことを言っていた。
ワタクシ、まだ仕組みをよく理解しておらんが、
少なくとも、原子力発電所で発電した電気、
(今は停止中だが、かつて原発で発電していた会社、
事故の後処理もできないまま今後も再稼働を目論む会社)
つまり東電の電気は使わなくていいようだ。

あの事故からそろそろ5年が経とうというのに、
今だに数万の人が自分の家に帰れないでいる。

あの原発事故は明らかに人災であるにも拘らず、
その原因究明・責任追及・事故保証なども、ロクに済まないうちから、
原発再稼働を推進していた政府も電力会社も
いったいどういう“頭”と“心”を持ちあわせているんだろう、
とず〜っと思っていたので、この話は大歓迎。

原発の近くに住んでいて、逃げ遅れた人の話を、以前テレビで見た。
その人は、透析に通っていたので、
地震直後、近所の人から「逃げよう!」と声をかけられても、
透析の迎えの車が来るからと、家に残ったそうだ。
しかし、車は来ず、まわりから人がいっせいに消え、
連絡をとるすべもなく、し〜んとした中、たった一人家に取り残された。
来る日も来る日も、いったい何が起こったのかわからず、
体調も悪化し不安のまま過ごして、ついには「死」を覚悟したという。
その後、家族の要請で自衛隊が救助に来た時は、
白ずくめの防護服を見て、「ああ、これは幽霊に違いない」と思ったという。

原発が爆発した時、取り残される人が出る。
もし、それが自分だったらどうすればいいのだろう。

…………

昔むかし、あるところでげんぱつがばくはつしました。
ひとびとはにげまどい、すむ家がなくなり、
のみみずさえ、のめなくなりました。
テレビでは、せいふのエライ人が、
「いますぐに健康にえいきょうがでることはありません。
だいじょうぶです」と
まいにちせつめいしていました。

外国の人たちはいっせいに日本からにげだしたのに、
エライ人は、ふくしまの人たちに、心配ない、だいじょうぶと言ってました。
でも別のエライせいじかは、ふるさとからまっさきに逃げ出していました。

それから何十年か経ったのちに、
あの人もこの人も、こうじょうせんがんになりました。
そして、あの美しかった村は、あれはててしまいました。
よさんがたりないので、森のじょせんはできずじまいでした。
森のどうぶつたちはあれからどうしたのでしょう。

目でみるかぎりは、いちめん緑の美しい森です。
でもそこにはいまも目に見えない
おそろしいほうしゃのうが消えずにのこっているのです。
ほうしゃのうの中には、はんげんきが何十年、
中には何万年というものもあるのです。
はんげんきというのは、ほうしゃせんを出す力が半分にへるまでの時間なので、
ぜんぶなくなるわけではないのです。

だから、このおはなしには終わりがありません。

…………

そんな昔話をしたくはない。
それに最近の世界情勢を見ると、常識では考えられないことが、
次々に起こっている。だから、
子々孫々の代まで、日本があるか、人の住む地球があるかはわからない。

あら? 電気が安くなる嬉しい話が、
いつの間にか怖〜いお話になっちゃいましたね。
…おしまい。

16.1.7 困ったジジババ。

今朝も見ましたよ、
シルバーシートの不法占拠(ちと大袈裟かな…)。

若めのジジババと、娘(or嫁)と、孫2人
(小学校低学年の男の子と、幼稚園年長くらいの女の子)。
電車のドアが開いたとたん、バタバタッと入ってきた。
一つだけ空いてた優先席に、ササッと、まずジジが座る。
〈…これは別にヨロシイ。〉

で、席を確保した後、しきりに自分の席に孫を座らせようとする。
ほらほら、ここ、席取ったで〜。座らんか〜。

しか〜し、孫は2人なので、どちらも立ったまま。
〈…ここまでは孫はエライ。〉

が、ジジの周りで孫2人がはしゃぐので、
隣に座っていた女性がダッコしている赤ちゃんが目をさまして泣きだした。
そこで赤ちゃんをあやそうと、女性が席を立ち、ドアの際に行った。

で、ジジが、自分の横の、空いたその席を指して、ここに座れと孫に合図する。

〈オイオイ…!
その席は、赤ちゃんとママの席だろが!〉

そうこうしているうち、ジジの反対隣の客も、うるさいなぁと席を立つ。
もう一人の客も次で降りるのか、席を立った。

あっと言う間に、その4人掛けシートは、
ジジババ娘孫たち5人に占拠されてしまった。
…あとは、はしゃぎ放題はしゃいでおったなぁ。。。

〈オイオイ…!
そこはファミリーシートじゃないんだよ!〉

新年第1号の“困った家族”でした。

〈…あぁ、気分悪っ!〉

最近のジジババは孫に甘すぎるよ。
コドモは立たせておきなさいっ!

16.1.6. カユイ時に「ムヒ」、注意。

今年の冬は、やたら暖かくて晴れている。
けど、なんか、遠くのあたりがどよ〜んとよどんでるんだよね。

PM2.5か?
と思ったが、昨夜、家に帰ってからやたら目がカユくなった。

え?、ということは暖冬だから、もう花粉かな?…と思ってゴシゴシ掻いてるうち、
もう目ん玉だけでなく、目の周辺までやたらカユクなった。

そうだ! カユイ時には「ムヒ」だ、と思いつき、
目ン玉を避けて目の周辺に塗ってみたところ…、
肌がピリピリして、熱をもって、急に我慢できないほど痛くなった。
たまらず洗面所に飛んでいき、ベビー石けんでムヒを洗い流し、
何度も何度も水で流して、やっとこさ痛みがひいた。
いや〜、急に襲ってきたこのピリピリ痛みは怖かったね。

確かに普通の虫さされとかには、ムヒは効くけど、
目の周りに塗ってはイカン!

16.1.4. 新年

あけましておめでとうございます

今年はなんと!
1月1日から、初詣に行きましたよ〜。

目指すは調布の「布多天神社」!
あのゲゲゲの鬼太郎の商店街を抜けて行くのであります。

その商店街の真中あたりまで歩くと、
右目の端に「甘酒」、左目の端に「おしるこ」の文字が飛び込んできたっ!

…って、察しがいい方はもうお分かりですね。
そう、この甘酒に惹かれて「布多天神社」に初詣に行くわけです。
早速、甘酒100円を飲みました。

うまいっ!!
若干薄いが、うまい。
獺祭で作った甘酒だよ〜〜と、兄ちゃんが声を張り上げてました。
ま、そのあたりの味の違いはワカランが、

うまいっ!!

前方を見ると、神社の境内まで、長い行列ができておる。
なんと、列のしっぽは、甲州街道まで伸びている。150m位か。

どうしようかなぁ、並ぶの苦手だなぁ…甘酒飲んだから引き返そうかなぁ
…と思ったが、とりあえず並びましたよ。

1時間も並んで、やっと賽銭箱の前まで辿り着き、
チャラ〜ン! ガラガラ! パンパン! ペコペコ!
家内安全健康長寿商売繁盛国際平和むにゃむにゃ…。

と呪文…じゃなくて、願い事を唱えて引き返し、
フタタビ商店街を通る。
で、さっき左目の端に捉えていた「おしるこ」100円を飲みました。
(今度は右側ね。)

うまいっ!!
白玉団子1コ、つぶあん入り。
紙コップの底に張り付いた小豆のつぶを
1粒残さず食べようと、その場で天を仰いでしばし奮闘。
コンコン! オイッ、底の粒っ!
無駄な抵抗はせずに降りてこいっ!

ああ、うまかった!

満足満足。
さあ、これで今年も “あんこきな子” は安泰だね。