このところ連日、ニュースでは軽井沢のバス事故の事を報じている。
若い命が多数奪われた。

ところで、「夢のある『大学生』13人が亡くなった。」
と、学生たちの事を毎日のように詳細に報道しているが、
そういう報道に違和感を感じるのは、私だけだろうか?

つまり、これが大学生ではなく、
亡くなった人たちが、
例えばキャバクラに勤める若い女性だったり、
ホストクラブの男性だったり、
(どちらも類稀なる優れた才能が必要だが)
例えばつい先日、どこぞの大臣が確信を持って言ったらしい、
「◎◎もひとつの職業である」という、◎◎の人達だったり、
(◎◎の人達がグループで行動するとはあまり考えられないが)
プー太郎(この言葉も最近はあまり聞かれない)だったりしたら、
ここまで詳細に、夢だの才能だの将来性だの人間性だの、報じるだろうか?

もちろんジジババが亡くなるよりも、若者が犠牲になった方が
より可哀想で悲劇的であるのは間違いない。
ジジババはもう充分に人生を楽しんだだろうが、
若者はまだこれから楽しむべき人生がたくさんあったのだから。
同じ80年分の人生を与えられていたのにもかかわらず、
若者はまだ20年分しか使っていなかった。
だがそれは、大学生であるか否かには関係ない。

だから報道では、単に、「若者13人が亡くなった」でいいと思う。
あるいは「乗客乗員15人が亡くなった」でもいい。
“『大学生』が亡くなったから悲劇的”というニュアンスの報道は、
私的には非常に“違和感あり!”である。
誰であれ、こんな理不尽な形で殺されたら、悲劇である。

報じるべきは、
格安ツアーの陰でどのような過重労働が強いられているか、
規制緩和によってどれだけ適正価格が守られなくなったか、
年金だけでは暮らせないと思う高齢者がどれだけ無理して働いているか、
大型バスの運転能力がない事をわかっていて、なぜ会社は彼に運転させたのか、
バスの台数(運転者数)が絶対的に不足しているのに、それを放置したまま、
なぜ国は“観光ニッポン”を宣伝して外国から人を呼びこむのか、
下り坂カーブの道路の安全対策は、あのガードレール1本で良かったのか?
…等々の事ではないだろうか?