今日は3.11から4年目。

あの日。最初はゆらゆらとした揺れだったのが、
徐々に強い揺れになり、ビル自体がガタガタと音をたてて大きく揺れ出した。
ビルが崩れる!…と思い、非常階段を使って下へ降りた。

下の道路では、たくさんの人が外へ出ていた。
同じビルで働いている人と、初めて話をした。
「上の方は揺れがひどいでしょ。また揺れたらうちの会社にいらっしゃい。」
と言葉を掛けてもらい、ずいぶん安心したものだ。
揺れが収まり5階へ戻ると、本棚の本がほとんど全部床に崩れ落ちていた。

下に集まっていた人たちから「震源地は東北らしい」という話を聞いた時、
生まれて初めて、底知れぬ恐怖を覚えた。
…東京でこの揺れなのに…東北ではどれだけ揺れているんだろう…
当然、非常事態宣言が出されるだろう。
…と思いながら、電車も全て止まったため、その日は会社に泊まった。

次の日、帰宅してその惨状をテレビで見て、言葉を失った。
…映画でも見たことがないような巨大な津波だった。
あまりの広範囲の被害に、なす術がないようだ。
呆然と人々は立ちつくしていた。

原発が爆発した地域の人たちは、それ以来、家へ帰ることはできない。
皆が避難したあとで、壊れた家に一人取り残されて、
助けを待ちながら静寂の中で息絶えた人がいたかもしれない。

自分にできることは何かを考えた。
残念ながら、自分が40年にわたって続けてきた仕事は、
あのような惨状を前に、何の役にも立たないことがわかる。
そう、クソの役にも立たないのだ。。。
緊急時には医師や看護師、介護士、警察や自衛隊、消防、
重機が扱える人たちに頼るしかない。

自分はせめて、できるだけのお金を寄付すること、
できるだけ東北産のものを食べること、
そんな小さな事しかできなかった。

あれから4年。
福島はあの日のままだ。

今、またあのような大きな地震が起きたら…。
今、またどこかで原発が爆発したら…。

人間は何と学習しない生き物なんだろう。。。