15.3.11. あの日から。

今日は3.11から4年目。

あの日。最初はゆらゆらとした揺れだったのが、
徐々に強い揺れになり、ビル自体がガタガタと音をたてて大きく揺れ出した。
ビルが崩れる!…と思い、非常階段を使って下へ降りた。

下の道路では、たくさんの人が外へ出ていた。
同じビルで働いている人と、初めて話をした。
「上の方は揺れがひどいでしょ。また揺れたらうちの会社にいらっしゃい。」
と言葉を掛けてもらい、ずいぶん安心したものだ。
揺れが収まり5階へ戻ると、本棚の本がほとんど全部床に崩れ落ちていた。

下に集まっていた人たちから「震源地は東北らしい」という話を聞いた時、
生まれて初めて、底知れぬ恐怖を覚えた。
…東京でこの揺れなのに…東北ではどれだけ揺れているんだろう…
当然、非常事態宣言が出されるだろう。
…と思いながら、電車も全て止まったため、その日は会社に泊まった。

次の日、帰宅してその惨状をテレビで見て、言葉を失った。
…映画でも見たことがないような巨大な津波だった。
あまりの広範囲の被害に、なす術がないようだ。
呆然と人々は立ちつくしていた。

原発が爆発した地域の人たちは、それ以来、家へ帰ることはできない。
皆が避難したあとで、壊れた家に一人取り残されて、
助けを待ちながら静寂の中で息絶えた人がいたかもしれない。

自分にできることは何かを考えた。
残念ながら、自分が40年にわたって続けてきた仕事は、
あのような惨状を前に、何の役にも立たないことがわかる。
そう、クソの役にも立たないのだ。。。
緊急時には医師や看護師、介護士、警察や自衛隊、消防、
重機が扱える人たちに頼るしかない。

自分はせめて、できるだけのお金を寄付すること、
できるだけ東北産のものを食べること、
そんな小さな事しかできなかった。

あれから4年。
福島はあの日のままだ。

今、またあのような大きな地震が起きたら…。
今、またどこかで原発が爆発したら…。

人間は何と学習しない生き物なんだろう。。。

15.3.11. 号外!

昨日のニュースで、河北新報、福島民報、岩手日報の3社が
合同で号外を発行したと伝えていた。

素晴らしい!そんなことができるなんて。
渋谷でも配られていたようだ。
もらいに行けば良かった。
(図書館に行けば見られるかな?)

号外というのは、大変な事件や、
とてもめでたいことが起こった時に出されるもの、というイメージがあるが、
そうやって震災の節目節目に、
しかも、地方紙3紙が合同で出すというのは、いいことだ。

ところで、東京にはそういった地方紙があるのだろうか?

「東京は日本の中心!」「東京弁=標準語」みたいに思われているが、
東京も日本の中のひとつのエリアである。
本社が中日新聞の「東京新聞」ではなくて、
地方版としての「東京地方新聞」があると面白いのにな。

地方紙って、沖縄タイムス、とか、琉球新報、とか、河北新報、とか、
定期購読したことはないけど、
主張がはっきりしている、気骨がある、っていうイメージだよね。
それにもちろん、地方のことがよくわかる。

毎年おいもとかの、地方の名産品を送って下さる方がいて、
ダンボールのすきま埋めに、新聞をまるめてつっこんだり、
一番上にかぶせたりしてある。
ワタクシ、まず、その新聞のシワシワを伸ばして、
ゆっくり地方のニュースを読むのが好きなんですよ。
ほんの一瞬その地方へ行った気分になれる。
くんくんすると、地方の空気の匂いがする(…ワケないか。)

で、フタタビ、東京の話。
東京って、何でもあるけど、何にもないって感じだよね。
お返しに東京の名産品を送るって言ったって、何もない。
高齢者のお宅に、舌を噛みそうなお洒落な名前の店の洋菓子を送ってもねぇ。

で、たいてい、地酒とか送って、
「地方のものがおいしいかもしれないけど、どっこい、東京にもあるんです!」
みたいなことで、お茶を濁すことになるんだよね。

「東京地方新聞」、いつの日か!